「もっと育児して」と言われる理由を、ワンオペ育児パパの立場から考える

「もっと育児をしてほしい」と言われて戸惑うパパ、
そう言いたくなるくらい育児で限界を感じているママ。

このすれ違いは決して珍しいものではないです。

僕はわが子が生まれると同時に育休を取得し、働く妻に代わって現在は家事育児をワンオペで担っています。

なので「もっと育児をしてほしい」と言われた経験はありません。

それでも、そう言われた時の気持ちは一人の男性として想像に難くないです。

この記事では、なぜパパは「もっと育児をしてほしい」と言われ、夫婦間の衝突を生んでしまうのかについて書きたいと思います。

夫婦のどちらかが悪いと決めつけるのではなく、すれ違いが起きやすい理由を整理したい方に向けた内容です。

この記事を読めば頭の中を整理する助けになると思いますので、是非参考にしてみてください。

「もっと育児して」と言われる背景を整理する

「もっと育児して」と言われるパパは本当に何もしていないのか

多くの場合、パパ自身は「何もしていない」とは思っていないです。

実際、本当に何もしていないわけではないからです。

おむつ替え、風呂、寝かしつけなど、目に見える育児はやっている意識がある。

「おむつ替えておいて」と言われて「はーい」と快く請け負っているパパもいるでしょう。

また、家事や仕事との両立の中で、自分なりに育児にも関わっているつもりではあります。

残業がある仕事では夕方以降の面倒を見るのが難しくても、朝の保育園へ送っていくのはパパの役割という家庭もあります。

それでも、この言葉が出てくるのはなぜなのか。

問題は「やっている/やっていない」だけでは説明できないものだと感じます。

言われる側のパパが感じやすいこと(構造として)

このようにやっているつもりでいる人が「もっと育児をしてほしい」と言われると、次のように受け取られやすいです。

  • やってるのに何でそんなこと言われるんだろう
  • やっているつもりだったので、言われて混乱する
  • 「じゃあ何をどこまでやるのが正解なのか」がわからなくなる
  • 「やってるじゃん」と反論しても喧嘩になりそうなので黙っておく
  • 波風立てないよう言われた通り指示に従って育児をする

おむつ替え、お風呂、寝かし付け、いろいろやっているのにそう言われると、「仕事が忙しいから」などの言い分もつい言いたくなってしまいます。

ワンオペ育児の立場から見えたこと

ここで育休を取ってワンオペ育児をしている僕が育児で大変だと思うことを書きたいと思います。

実際に育児が始まると、やることは思った以上に多かったです。

ミルク、おむつ替え、散歩、寝かし付け、お風呂、健診、予防接種、etc。

項目だけ見ると大した量でもないですが、それぞれに付随するタスクもあります。

例えばミルクなら、お湯を沸かして哺乳瓶に粉ミルクを入れ、お湯が70度になったところで注いで粉を溶かします。

適温に下がるまで待って、飲ませる。

飲んだらゲップさせて、哺乳瓶を洗って消毒します。

粉ミルクの残量が減っていたら買い足します。

このように、ただミルクを飲ませて終わりではないのです。

ですが、一番想定外だったのは、付随するやることが多くて1回のミルクで小一時間が過ぎてしまうことではありません。

やること以上に考えること、その責任を負うことが大変なのです

またミルクの例ですが、まず飲ませるタイミングの判断が必要です。

  • 前のミルクから3時間経った
  • 今は寝ている
  • さっき飲んだ量はいつもより少なかったからそろそろお腹が空くタイミング
  • でも今日は日中あまりまとまった時間寝ていない
  • せっかく寝たところなので、起こしてまで飲ませるかどうか
  • 直近おむつを替えたのは2時間前。漏れも無さそうだからまだ大丈夫
  • しかし夜しっかり寝かせたいので、寝る前にはがっつり飲ませたい
  • そろそろ起こして飲ませておかないと寝る前のミルクが飲めなくなりそう
  • お風呂に入れるタイミングも考えると今のうちに飲ませておくのが良さそう

これらのことを考えて判断し、ミルクを作り始めるのです。

ネットの情報を見ればこの月齢ならもっと飲んでもいいはずなのにと不安になります。

健診では「体重あまり増えてないですね」と言われ、もっと飲ませないとと焦ります。

無理に飲ませようとすると吐き戻し、何やってるんだと自分を責めてしまいます。

育児とはこれらの全体像を考えた上で行動に移し、その責任を負うこと

決して単発の作業ではないのです。

僕がパートナーにやってほしいと思うのは、
✕:作業単位の「手伝い」ではなく、
○:全体像をイメージした上で行う「運営」

ワンオペ育児をしていると、多少手伝ってもらっても負担は軽くならない。

でも何もしないよりはせめて手伝ってほしい。

でもでも一番求めるのは「手伝い」ではなく「共同運営」です。

「やっているつもり」が生まれる理由

「育児をやっている」の基準が違っている

パパが「もっと育児をして」と言われる家庭では、育児をやっているかどうかの基準がパパとママで違っていることが見えてきます。

パパ側の基準
  • 自分が何をやったか、どの作業をやったか
    →ミルク、おむつ替えなどの作業単位で何をしたか
  • 育児にどれくらい時間を使ったか
ママ側の基準
  • 自分の負担がどれだけ減ったか
    →作業単位の手伝いではそこまで負担が減らない。判断や責任の負担が重いまま。
  • 育児の責任がどれだけ共有されたか

この基準の違いが認識のズレを生みます。

パパからすると育児をやっているつもりなのに、もっとやれと言われて戸惑います。

ママからするとただやるだけではなく、育児の全体像をイメージできて責任を共有できる状態でそれぞれの作業をしてほしい。

この認識のズレがある状態では「もっとやって」と言っても言われても事態の改善は難しいです。

どちらも本人の性格ではなく、そもそも基準が違っているからです。

スタート地点の違いがその後を分ける

基準の違いの他に、育児をスタートするタイミングの違いによってもこの問題は起こり得ます。

  • 子どもが生まれた瞬間から育児に関わる人
  • 仕事を続けながら後から関わろうとする人

どちらが良い・悪いというわけではありません。

ただ、最初から育児に関わっている人は、先に育児の全体像が見えてきます。

最初は作業単位で考えていた育児が、付随するタスクの多さに気付き、
それらを円滑に回していくためには全体像をイメージした「運営」が必要であることに気付きます。

後から育児にかかわる人は、作業単位で育児に取り組んでいる間にもう既にパートナーがその先を見越して動いているので、それを追いかける形になります。

結果として、パートナーが主体で、自分は補助の位置に落ち着くケースが多いのです。

すれ違いが解消されにくい理由と視点の転換

「やっている/やっていない」では解決しない理由

ここまでを整理すると、このすれ違いが起きてしまう理由が見えてきます。

単に作業をしたかどうかではなく、その前後のプロセスまでできているかどうか。

作業量や関わった時間の比較だけでは必ず不満が残ります。

「やっている/やっていない」ではなく、重要なのは

  • 育児の運営を共同でできているか
  • 「考える→判断する→行動する→責任を負う」の負担をどれだけ分担できるか

であるからです。

「もっと育児をして」と思ったら、「もっと育児をして」と言われたら

パートナーに対してもっと育児をしてほしいと思った時、逆にパートナーからそう言われた時。

まずはお互いが置かれている状況の違いを認識することが役に立つと思います。

  • 育児を作業単位の「手伝い」ではなく全体の「運営」として見る
  • 「誰が考え、判断し、責任を持っているか」を考えてみる

作業をこなす人と、全体を背負う人は負担の種類が違います。

まずはこの視点を持つだけで、お互いの言葉の受け取り方が変わるのではないでしょうか。


まとめ

僕が「もっと育児して」と言われたことがないのは偶然だと思っています。

育児に参加するタイミングが少し遅ければ、育休を取れていなければ、結果は違っていたかもしれません。

「もっと育児して」という言葉は、相手を攻撃したいわけではなく、作業をたくさんこなしてほしいわけでもないことが多いです。

作業・行動のような目に見えるものではなく、考え・判断・責任の分担を求めるサインだと思います。

言い分はお互いにあるし、立場が違えば見えないものもあります。

夫婦二人が全く同じことをできる必要もないと思います。

まずは自分たちの育児の状況を整理することが衝突を減らす一助になるのかなと思いこの記事を書きました。

育児で悩む方の参考になれば嬉しいです。

育児太郎
育児太郎

ではまた!

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